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拘束具
まっ昼間っからこんな話ですまない。 なぜ僕が拘束具を見て楽しめるのか分かったから、 それを早いうちに記しておきたかったんだ。
僕は苦しむさまを楽しんでいるのではない。 動けなくすることを楽しんでいるのではない。 その絵を見て思うことは、 「はやく取ってあげたい」 「自由にさせてやりたい」 そして自らの悪を自覚した上で言えば、 「拘束具を取り外して抱きしめてあげたい」 「辛かったね」って言ってやりたい。 なぜ悪かって、 それが新たな拘束具になる可能性を知っているから。
「お前みたいなのが拘束具?笑わせんじゃねえよ。」 そうだ、拘束具にすらなれない人たちがたくさんいる。 その人たちは仕組みを良く分かってるからね。 他人を拘束するということが、どういうことか。 だけども悲しいことにそれ以前の問題で、 彼らは拘束具になる能力を保有していないんだ。
もうひとつ。 拘束具を彼女が(俺は男だからね)望んでいる場合だってある。 僕がそれを外してしまえば、酷い場合には彼女ではなくなってしまう。 僕の身勝手に怒るかもしれない。 もしかしたら拘束具自体が彼女の命だったかもしれない。 取り外された彼女は人間ではない何かになっているかもしれない。 下手に取り除こうってのも、趣味が悪い。
他人の拘束具が見える状況というもの。 それは拘束具であったり、鳥かごであったりする。 大人は拘束具で、子供は鳥かごのパターンが多いのかな。 毎朝、自らに首輪を付けて出勤する人もいる。 彼らはそうしなくちゃ生きていけないからね。
拘束具が悪いとは思わない。 世界を認識するために必要な道具かもしれない。 それがあるから体の変形を防いでいるのかもしれない。 たけども無理に縛ったら、逆に変形しちゃうよ。 醜悪なコルセットみたいにね。
拘束具を外して、新たな拘束具をつける。 それって強奪じゃないの? 何もないところから縛り付けるより悪役だよね。 僕は自分が恐ろしくなってきた。
だけども、こんな手法は至る所に転がってるんだ。 それが見えないだけでさ。 恋愛なんてのも拘束具の付けたり外したりじゃない?よーするに。 付けてるつもりが実は付けられてたりする。 敏感な人にはそれが見えたり、妙に大げさに見えたり。 恋愛だけじゃなくて思想にだって拘束具は見える。 トラップが見える。 見えすぎると、本当に疲れるんだよね。 どれだけのトラップを抜けなきゃいけないんだ? そう思って背後を見ると、トラップごと潰して突き進んでくる影がある。 どんな拘束具ですら役に立たない。 でも、大抵はそういう人って、もっとガッチリした、 大リーグボール養成ギブスみたいな拘束具を全身に装着してる人なんだよね。 もしくは関わらない人。関係のない人。
見え見えのトラップにかかるほど標的はバカじゃない。 そして彼らは必要以上に警戒するようになる。 トラップを仕掛けることが、そのトラップを潰しているんだ。 それに気が付いていない。 昔みたいに人間を管理できる時代じゃないんだよ。 だから武力行使が必要になってるのさ。管理側はね。
現実世界で拘束具を付けちゃってる人ってのは、 ある意味、拘束具を外しちゃってる人なんだろうな。 僕はそういう人に会ったことないし、 ましてや拘束具に縛られてる人なんて、うーん、見たことないよなあ。 だからこの発想自体が空想から発展していることを最後に言っておきます。
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